今月8日の金曜日、共産党・田村智子参議院議員の国会質問をきっかけに、安倍首相による「桜を見る会」の私物化問題が週明け以後、一気に噴き出した。文春や新潮の締め切りは通常なら月曜日、伸ばしても火曜日だが、新聞・テレビの報道を越える取材は間に合わないと判断したのだろう。今週は両誌ともこの問題の記事化を見送った。


 果たして次号はどうなるか。文春砲はより深い事実や独自の切り口を模索して、それなりに動いているはずだ。新潮は逆張りで、野党やメディアなど“追及する側”を揶揄する記事を載せるかもしれない。


“前夜祭”の会費補てんを裏付けるホテル側の会計資料は入手できないか。内閣府が「廃棄した」とする招待者名簿の一部でも見つからないものか。今後はそういった「決定的物証」の発掘が待たれるし、政権側は長期の膠着状態を作り出し、風化を待つ作戦でいるのだろう。


 ネットに流れている噂には、芸能人招待者について、まとまった枚数の招待状が芸能事務所に送られて、出席者を集めているだとか、なかにはギャラを受け取って出る芸能人もいる、といった話もある。もしかしたら、そういった“からめ手の情報”から新たな展開が見られるかもしれない。


 それにしても嘆かわしいのは、“招待者名簿の廃棄処分”という官僚による見え見えの隠ぺい工作だ。実際の処分日は“偶然にも”5月に共産党が質問通告をした同じ日付、「1年未満の処分」という規定もあと付けで10月に決まったルールだという。森友問題の公文書改竄といい、自衛隊の日報問題といい、統計の恣意的操作といい、ここ数年、この国では為政者の思うままに公文書をいじったり、捨てたことにしたりすることが当たり前になってしまった。改竄が暴かれても、担当官僚はまず裁かれない。こんな状況が続けば、半世紀後に日本政府の動きを検証しようにも、戦後の混乱期と同様、アメリカ公文書館に史料を探すしかなくなる。それほどにこの国の公文書の信頼は地に落ちてしまった。


 で、今週、非常に興味深かったのは、週刊文春の『剛力彩芽破局の裏で前澤友作秘書志望人妻との「脅迫」トラブル』という記事だ。前澤氏は「ZOZOタウン」売却後、新会社の秘書・広報担当者をSNSで広く募集、これに応募した人妻に採用をちらつかせて肉体関係を持ち、結局この女性は職を得られなかったという。


 問題は、この醜聞そのものではない。このネタを編集部に持ち込んだ“被害女性”と前澤氏サイド、そして編集部という三つ巴の関係、これこそが記事の最大のポイントになっている。記事の書き出しは、前澤氏サイドの代理人による“警告”から始まっている。前澤氏はこの女性に“恐喝”されており、文春に「相手にしないほうがいい」と呼びかけている。


 そして編集部は、女性の証言や前澤氏とのLINEの記録から一連の経緯をたどったあと、前澤氏側による“恐喝”という主張を女性にぶつけている。するとこの女性の弁護士は、当事者同士の話し合いがまとまった、ということで「取材及び掲載の中止を強く希望する」というメールを編集部に送り付けてきたのだ。


 しかし、女性の見通しは甘かった。文春編集部はやすやすと手玉にとれる相手ではない。《掲載を小誌が見送り前澤氏がA子さんに金銭を払えば、恐喝が成立することになりかねない。小誌はその片棒を担ぐわけにはいかない》と、洗いざらい経緯を記事化したのである。「前澤氏の不道徳な行動+文春を利用してそれを糾弾(恐喝?)しようとした“被害女性”の行動」をワンセットで報じたのだ。


 メディアに接触する情報提供者には、この手の人物が時々いる。「マスコミにばらすぞ」という脅し文句を使うのだ。だが、そんな道具にされてしまっては、メディアもたまったものではない。時にはこうした“両成敗記事”も、不心得者を減らすには載せるべきだろう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。