シリーズ『くすりになったコーヒー』


 前回書いたように、食物繊維(コーヒーにも多い)を栄養とする一部の腸内菌が、7回膜貫通型受容体GPR109Aアゴニストの酪酸やニコチン酸(焙煎コーヒー中のビタミンでもある)を産生しています。そして、このシステムが働くと過敏性腸症候群や大腸癌になるリスクが少なくなるのです。今回はその続きです。


●癌細胞では、GPR109Aの遺伝子が発現していない(詳しくは → こちら)。


 この驚きの発見の経緯を辿ります。2004年、脂肪細胞膜からニコチン酸受容体(HM74と呼んでいた)が初めて発見され、後にGPR109Aと呼ばれるようになりました。ニコチン酸は前世紀の半ばから血中脂肪を下げる薬でしたが、受容体発見によって、メタボや2型糖尿病治療薬としても新たな視野が開けたのです。


 その後、腸内菌産物の酪酸が、ニコチン酸と同じくGPR109Aアゴニストであることが解りました。似ても似つかない化学構造・・・と思いきや、図1をご覧ください。緑の部分が共通しています。腸内菌が作り出す酪酸とニコチン酸は、腸管上皮のGPR109Aを介して全身の代謝機能を改善し、インスリン感受性を保っています(詳しくは → こちら)。




●腸管上皮とは別に、内皮のマクロファージと樹状細胞にもGPR109Aがあって、炎症性腸疾患と大腸癌を予防している(図1を参照:詳しくは → こちら)。


 さて、ニコチン酸や酪酸の緑の部分が上皮細胞の受容体に結合すると、まずはインターロイキン(IL)18が、次いでインターフェロン(IFN)γが出来てきます。そして、大腸の炎症が抑えられるので、過敏性腸症候群などの予防に役立ちます。一方、マクロファージと樹状細胞の受容体を介して出来てくるIL10は、制御性T細胞(Treg)を活性化し、大腸の癌化を抑制するというのです。ところがここに高い壁がありました。


●何らかの原因でGPR109Aの発現が阻害されると発癌しやすくなる(詳しくは → こちら)。


 発現阻害の原因の1つは、受容体GPR109Aの遺伝子がメチル化されていて、静止状態になっているからです。つまり、遺伝子が発現できない状態です。そしてこの論文には、IFNγが遺伝子の静止状態を解除すると書かれています。しかし図1によれば、IFNγはGPR109Aを介して産生するので、両者の間には正のフィードバック機構があるとも思えます。


 では、コーヒー薬理学の観点で眺めてみましょう。まずは図1の食物繊維としては、1杯のコーヒーが優れた繊維源であることに注目すべきです(詳しくは → こちら)。つまり、コーヒーを飲むことによって、大腸内で酪酸やニコチン酸などのGPR109Aアゴニストが出来るのです。


 次は、コーヒーポリフェノールのクロロゲン酸です。前にも書いたように、クロロゲン酸はDNAメチル化酵素を阻害します(詳しくは → こちら)。つまり、コーヒーを飲めば受容体遺伝子がメチル化されるリスクが下がります。しかし、GPR109A遺伝子についての直接の証拠はありません。


 更に、焙煎コーヒーにもニコチン酸が含まれていますが、その含有量はビタミンとしての有効量であって、GPR109Aアゴニストとしては不足です。そこで筆者が注目すのは、ピラジン類に代表されるコーヒーの香りです。飲めばこれらはピラジン酸に代謝されて、GPR109Aアゴニストとして作用することが解っています(詳しくは → こちら)。


 以上に書いたように、『コーヒーの複数の成分が体内でGPR109Aアゴニストとして働くとともに、特に繊維質は体内でアゴニストの産生に寄与している』のです。今は未だ仮説の段階ではありますが、この分野の更なる研究に大いに期待しています。


(第286話 完)


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